特訓と名づけたかぎりは

2015年08月23日

三期生たる中三の特訓週、一週目が終わった。
数学は今まで授業をした後の問題練習とは異なり、
各自が家で解いた答案を丸付けし、得点を付け返す。
その際に、その生徒が目指している高校と今の現状の位置の違いをたたきつけている。

毎年、この時期からこの方法をとっている。Aクラス(生駒~奈良高校までを志望とするクラス)はまったく最初は手も足も出なかった模試の問題も回数を重ねることと、日々テスト結果を張り出し、自分の位置を他人に見せることで、偏差にして10近く伸ばしている子も多くで始めた。(あくまで時間を度外視し、余裕のある家庭での宿題であるが)

問題はBクラス(法国~生駒高校まで)である。この時期になっても、数学の数問の宿題、社会の暗記をろくすっぽやってこない大バカ者が数名いる。
昨日は本気で頭にきて、その生徒達にその白紙に近い答案を投げつけてしまった・・<(`^´)>

誰も自分が受けたい高校には合格したいし、私たちはその時の笑顔を見たい・・・
そのためには苦しみが必要である。
自分を変えるのはものすごいエネルギーと時間が必要である。だからなかなか人は変わらないし、変えられない・・・

学習することも自分を変える手段の一つである。しかし、この学習=勉強は古今東西、幼い時分は苦痛を伴うものである。
だから塾が必要とされている。生徒はその苦痛からのがれようとする弱い自分を制するため。
保護者からすればその金銭を伴う苦痛が、いずれその生徒の肥やしになるとわかっているためである。

特訓と名づけた以上、このような甘い生徒には冷たく
『本当にこのままでは、あなたが望む高校に合格はできません』
と、大音響でたたきつけている。

誰が落とすために授業をするものか・・・全員合格させたいに決まっている。
が、この夏にこの子たちが何かを捨て切らないと、本当に来春に悲しみの涙を流すことになる・・・

それを想うと身が震える
それを考えると、何かいい手立てはないかと酒量が増えていく・・・

特訓とは生徒もであるが、私自身も鍛え上げていくものである。

さて、今も生徒の答案を眺め、明日への準備をはじめている。
生徒に偉そうに御託を並べるならば、まず完璧に明日の授業を組み立てて臨む・・・

私は私の苦痛から絶対に逃げたりしない・・・<(_ _)>